建設業界のあれこれ・・・その1
日本における建設業界の市場の本格的な開放は、一九八六(昭和六一)年に始まりました。
当時のマンスフィールド駐日アメリカ大使が「関西国際空港の建設プロジエクトにアメリカの企業も参加させるべきだ」と要求したのです。
これが発端となって何回か日米政府間協議が行なわれ、九〇年からは年一回、日米建設協議(レビュー)を開いています。
その経過のなかで、関西国際空港、横浜みなとみらい臼など特定の大型公共工事について、入札に参加することを認めました。
従来なら、日本で大型工事の実績を積み重ねていなければ、アメリカの企業は大型公共工事の入札には参加できなかったのです。